Old Folks

社会保険労務士法人 礎

  社会保険労務士法人礎のブログ

My Man's Gone Now

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先日ある人と話をしていると、アウトドアが好きでしょ?と言われた。私の外見からアウトドア好きに見えたらしいが、実はアウトドアはかなり苦手だ。昔は少し登山の真似事をしていて、その時はもちろんテントを担いで山に登り、コンロで自炊しながら縦走するなんてことをしていたのだが、最近はめっきりとそんなこともしなくなっていた。

ただ、何度かタープやテントをホームセンターで購入してキャンプをしようとしたのだが、器用でない私には向かないようだ。一度しか使用しないタープやテントは大掃除の断捨離裁判で処分されてしまった。ただ、その人の「アウトドア好きでしょ?」の一言で、私の心に少しだけ火が付いた。タープでも買って河原でのんびりとコーヒーでも飲んで・・・・とイメージだけが先行してしまい、アウトドアショップでタープを購入した。あきれる妻を車の横に乗せて、近所の河原に行きタープを広げると、なんかおかしい。布とペグは付いているのだが、ポールが無い。当たり前だが、ポールが無いとタープは設営できない・・・・これ、買うときに店員にこの商品だけで組み立てられるのか?他に揃えなくても大丈夫か?と聞いたのだが、その店員はやけにあっさりと、「大丈夫ですよ、ポールも付いてますし、これで設営できます。」と言っていたのを思い出すが、後の祭りだ。後日、その店に行き、事情を話すと前回とは違う女性の店員が対応してくれて、少し調べて戻ってきたのだが、私が購入した商品はどうも付属品だと言う。本体があって、その本体にくっつける付属品を購入してしまったようだ。本体はというと、4万円くらいするらしい。にわかアウトドアを認識して安価なものを購入したのに4万円追加支払いするのは完全にコンセプトから外れる。その結果、我が家のアウトドアは日影が無い。愛犬だけは車の陰に入れるが、私たちは燦燦と降り注ぐ太陽の下、周囲の皆さんがテントやタープを起用に張っている中、ベンチとテーブルでぽかぽかと過ごしている(完全に負け惜しみだ)。今の季節なんかはタープは不要だし、太陽に照らされて最高だ(さらに負け惜しみだ)。そして、我が家の秘密兵器はカセットコンロ。キャンプ用のボンベは一つあるのだが、追加購入は必要ないと妻は言う。カセットコンロは風が強い日は役に立たないのだが、穏やかな日にはとても簡単だ(負け惜しみの最上級)。どうせすぐに飽きる私の習性を知っている妻は、カセットコンロで十分だと言う・・・・悲しいが、反論は出来ない・・・

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Up 'Gainst The Wall

りんご

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食べ物の好き嫌いは「悪」と育てられた私はほとんど好き嫌いがない。もちろん苦手な食べ物はあったのだが、残すことは許されず、なんでも美味しく食べることが正義だった時代、残すと食卓から解放されず、頑張って残さず食べて好き嫌いを克服してきた。ところがこの昭和の美学を貫きつつ、それでも克服できなかった食材がある・・・りんごだ。いや正確に言うとりんごの音がダメなのだ。りんごの皮を剥く音、りんごをかじる音・・・これが苦手だ。逆に言うと味は大好きだ。匂いなどは最高だ。りんごジュース、アップルパイ など大好きなのだが、生のりんごの音が受け入れられない。どういうことかというと、黒板やガラスを爪で擦る音と同じに聞こえてしまうのだ。つまり、「その音」が聞こえると鳥肌が立ってしまう。こんな悲劇があるだろうか・・・味が好きなのに音がダメとは・・・。生のリンゴを食べたのは小学校4年生くらいの時が最後だったと記憶している。音というのは恐ろしいもので、高校生くらいになると梨までその影響を受けるようになってしまい、りんごに加え梨が食べられなくなった。こんな理由でりんごが食べられない人はなかなかいないと思うのだが、昔演歌歌手の川中美幸さんがラジオで同じことを言っていた・・・・こんな人、他にいたのか!と嬉しくなったのを覚えている。

数年前、妻とニューヨークを旅した折、ニュージャージーに住む友人ファミリーに会ってきた。その友人と時間をかけて話をするのは数十年ぶりだったのだが、どういう流れか私のりんご嫌いの話になった。そしたら彼が、「お前のりんごのかじる音が黒板を引っ掻く音に聞こえるという話を聞いて、俺も想像しちゃってりんご食えなくなったよ!」と言い出した。私は共感できるので嬉しいが、彼は間違いなく被害者だ。彼の場合は、まだ梨は大丈夫ということなので軽傷に過ぎない。しかし、りんごが店先に並ぶこの季節になると、彼と私はこの話を周囲に拡散し、「りんごの音嫌い族」を増殖していく・・・・しかし、ほとんどの場合、「変わってるね・・・」の一言で終わってしまい、ドラキュラの牙は効かない・・・牙の怖さのないドラキュラなどただの変な人だ。

Jade Visions

ルフレ

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駅の売店などでジュース一本買うときに財布を開けると一万円札しかない・・・「すみません、大きいのしかなくて・・・」と申し訳ない気持ちで万札を差し出す。ひと頃前は、「細かいのありませんか?」と聞かれたり、露骨に嫌な顔をされたりと気を遣わなければならない場面も多かったように記憶している。

しかし、最近コンビニ行くと自動のレジになっている。店員が商品をスキャンして、合計金額が出るとそこからは客の仕事になる。財布に万札しかなくても気兼ねなく精算できる。キャッシュレスに疎い私にとってはいいシステムだと思っていた。しかし、最近このセルフレジなるものがかなりプレッシャーになることがある。少し多めに買い物をするときなどはエコバックを広げて自分で買った商品を自分で入れていかなければならない。あの狭い場所でのエコバック収納作業はかなり大変だ。それが終わると、セルフレジの操作になる。札入れと小銭入れを分けているので、まず小銭入れをチェックして、なるべく小銭がたまらぬよう端数の単位を小銭入れから探し出す。そして次に札入れに移ることになる。この間、後ろに並んでいる客がいると焦ってしまう。果たしてこれは効率化につながっているのだろうか。私のようにもたつく客の場合は、以前のように手際のいい店員がさばいてくれた方が早いのではないだろうかと思う。この一連の作業の間、後ろには客の気配を感じ、目の前には店員の圧力を感じ・・・買い物するのも楽ではない時代になったと感じてしまう。

そういえば、スーパーなどもセルフレジコーナーがある。いつだったか、妻とセルフレジコーナーで会計しているとエラーが出てしまう。店員が来てくれてエラーを解除してくれたのだが、その後も2回エラーを出してしまい、都合3回も店員が来る羽目になった。それ以来、セルフレジコーナーに並ぶことはなくなった。そもそもセルフレジとは相性が悪いようだ。やっぱりキャッシュレスかな・・・

It's Easy To Remember

ジロウ

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週末に犬の散歩をしていると、カメラマンの人だかりができている。そんなシーズンになったのだなあ。週末に散歩するその公園には、春と秋に野鳥の写真を撮る人たちが集結する。おそらくネットで情報が流れるのだろう、多くのカメラマンが一斉にやってくる。コロナになってからは、この風物詩もなかったのだが、この光景が戻ってきた。かつてはおじさんばかりだったカメラマンだが、この週末には若い人も女性も大きなカメラを担いでいる。これも、コロナの影響かもしれない・・・・

人だかりの横を通り過ぎるとき、カメラマンたちが同じ方向をむいてシャッターを切り出した。おそらく、草むらからお目当ての野鳥が出てきたのだろう。ある人が、「ジロウちゃんだね。」と言うと、別の人が「うん、ジロウだよ。」と話をしている。ジロウという鳥がいるのだろうか・・・人の名前のような響きだが、カメラマンの皆さんはジロウちゃんで通じているようだ。ネットでジロウという名の野鳥を検索するが、これといったものが出てこない。

そういえば、数年前の同じ時期、やっぱりカメラマンの群れができていた。その時はこの光景に慣れていなくて、何事かと思い、カメラを抱える知らないおじさんに何がいるのかを尋ねたところ、そのおじさんは「ドゴメだよ、ドゴメ」と教えてくれた。もちろん、肉眼ではドゴメを確認することはできなかったのだが、あれだけの民衆の視線を集めるドゴメが気になって仕方なくなった。家に戻り、ネットで調べてみると・・・それは多分”ノゴメ”ではないか?という結論に至った。真偽はわからないのだが、あのおじさんの風貌からすると、ノゴメがなまってドゴメになったのではないか・・・おじさん、ごめんなさい!笑

今度、ジロウと耳にしたら、勇気を持って正式名を聞いてみよう・・・それでも、きっと真偽はわからないと思うが・・・

Striver's Row

傘立て

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玄関に置いてある傘立ての底が抜けてしまった。我が家は3人なのに傘は常に20本くらいあるから当たり前だ。妻と傘立てを買いに行くが、最近の傘立ては非常に小さい。3〜5本くらいの傘が立てられる程度のものばかりが店頭に並んでいる。困った・・・

お店を巡る中で、「これは!」と思うモノに出会った。それは傘立てではなくコート掛けなのだが、ここに傘をぶら下げれば実におしゃれだ。我ながらセンスがいいと自画自賛してその傘立てを組み立てた。玄関にセットして20本の傘をぶら下げてみると、なんともダラシない光景になった。新しいおしゃれなコート掛けと安くてボロボロのビニール傘のコラボレーションはどうにもならない絵面になった。

なるほど・・・お店に展示してあったときには、そのお店にあった傘を実際にぶら下げておしゃれさを確認したのだが、そのお店にあった傘はおしゃれなものでしかも1本だけをぶら下げたから、我が家の20本のビニール傘の参考にならなかった訳だ。それを見た妻は、ぶら下げる傘を少なくして、残りの傘を下駄箱に仕舞えばいいというが、それでは傘立て(コート掛けなのだが)を購入した意味がない。またもやってしまった・・・・

I Wish I Knew

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先日、家族で旅行に行ったのだが、15年前に行った宿を予約した。もう15年経つので、あまり記憶がなかったのだが、唯一家族が共通して覚えていたことがある。それは、あの忌まわしきビンゴ大会。「あのビンゴ大会やったホテルだよ!」と言うと、「ああ!Wiiのところね!」と他の人が聞くと全く繋がらない会話で納得するほど、私たちにとってそのホテルの記憶はビンゴ大会だった。当時は任天堂Wiiが販売された頃で品薄状態が話題になっていた。そのホテルの壁にビンゴ大会のチラシが貼ってあり、なんと景品にそのWiiがあるという。「え?本当にWiiが当たるの?」ともらった気になっている妻に、当時小学生だった息子もノリノリだ。当然、私たちはWiiは手に入れることはできなかった。ただ景品が当たらなかった以上に、非常に悶々んとした気持ちが重く残像となったのを思い出す。あの悶々とした思いは何だったのだろうか・・・

 

今回、チェックインしてエレベーターに乗ると、なんと、20時30分よりビンゴ大会開催のチラシが貼ってある。蘇るあの時の記憶、もうその手には乗らないとビンゴ大会のチラシを横目に部屋に入った。夕食でいい具合にほろ酔いになった私は、全く飲まない妻と息子と一緒に売店に寄った。レジ横にビンゴカードが置いてあり、酔っていたことも手伝って3人分のビンゴカードを買ってしまった。15年前にあんなに痛い目にあったのに、まんまと今回もビンゴ大会に参加してしまった。今回も高価なテレビゲームが「ラッキーセブン賞」として景品になっている。ラッキーセブン賞?7が出るとなんかあるのかな?しかし、私のビンゴカードには7は無い・・・ゲームが始まってしばらくすると、まだ、私のビンゴシートは真ん中の「FREE」部分が空いているだけなのだが、「さあ!ラッキーセブン賞は次の番号で最後になります!」と言っている。思い出した・・・心の中に残像となっている悶々とした重いものが・・・「ラッキーセブン賞」とは、たった7回でビンゴを成立しなければならないということだった。それは無理でしょう!ビンゴの確率を調べたサイトを見つけたのだが、7回で上がる確率は、0.0073%だという。他のサイトで調べると年末ジャンボ宝くじで100万円が当たる確率より低い。

でも、もしまたこのホテルに行ったら、きっとビンゴ大会やるんだろうなぁ・・・笑